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真のお母様は「真のオリーブの木」

今日は「真のお母様は『真のオリーブの木』」と題して書こうと思う。

分派のブログを見ると、「真のお母様は原罪をもって生まれ、真のお父様との聖婚によって原罪が清算されて、真の母となった」とか、お母様は「メシヤではない」とか主張する人々を多く見かける。しかし、これは誤った主張であり、真のお母様は「メシヤ」であり「真のオリーブの木」としてこの地に来られた方である。

『原理講論』には次のように書かれている。

「聖書に、イエスを『ぶどうの木』、あるいは『オリブの木』に例えられている」(p97)

メシヤであるイエス様は聖書で「オリブの木」として例えられている。

また、イエス様についても『原理講論』は次のように書かれている。

「堕落人間には原罪があるので、サタンの侵入できる条件がそのまま残っている。しかし、イエスには原罪がないので、サタンが侵入できる何らの条件もない」(p261)

このように「オリブの木」として、メシヤであるイエス様は生まれた時から〝無原罪〟である。だから、堕落人間とは違って、イエス様はサタンの侵入できる条件すら何もない存在なのである。

さらに、メシヤについて『原理講論』は次のように書かれている。

「真の父母として来られるメシヤ」(p271)

メシヤとは「オリブの木」であり、生まれた時から無原罪であり、サタンの侵入できる条件が何もない存在である。メシヤは「真の父母」として来られる方である。

このように、『原理講論』を詳細に読めば、メシヤである「真の父母」、すなわち真の父も真の母も、「オリブの木」であり、生まれた時から原罪がないと述べていることがわかる。

では、真のお父様は「オリブの木」についてどのように語っておられるのであろうか。

1985年1月1日に語られたみ言を次に引用する。

「この世の中に一つの真のオリーブの木の標本を送ろうというのが、メシヤ思想です。しかし、真のオリーブの木であるメシヤが一人で来てはいけません。サタン世界がすべて、夫婦を中心として社会を築き、国家を築いたので、メシヤが一人で来ては、真のオリーブの木になれないのです。メシヤとしての真のオリーブの木と、メシヤの相対となる真のオリーブの木を中心として、これが一つになってこそ、真のオリーブの木として役割を果たすのです。実を結べるということです。ですからイエス様は、この地に新郎として来て、新婦を探し出して真のオリーブの木の畑をつくり、サタン世界の野生のオリーブの木をすべて切って、接ぎ木する運動ができるように準備しなければなりませんでした」(引用元:リンク、マルスム選集134-11、1985年1月1日)

お父様は「メシヤが一人で来ては、真のオリーブの木になれないのです。メシヤとしての真のオリーブの木と、メシヤの相対となる真のオリーブの木を中心として、これが一つになってこそ、真のオリーブの木として役割を果たす」と語られた。すなわち、メシヤである真の父「真のオリーブの木」であり、メシヤの相対である真の母「真のオリーブの木」なのである。この二つの「真のオリーブ」が一つになってこそ「真のオリーブの木」としての役割を果たすことが出来るのと語っておられるのである。

したがって、メシヤである「真のオリーブの木」とは「真の父母様」のことであり、「真の父」「真の母」の両方を表すのである。だから、結局のところ、真のお母様は「メシヤ」であり、「真のオリーブの木」としてこの地に来られた方である。
メシヤであるイエス様が原罪なく生まれたのであれば、真のお父様もお母様も原罪なく生まれたのは当然のこととなる。

これが、原理とみ言から見た「真のオリーブの木」に対する観点であり、「真の父母観」である。

分派が真のお母様はメシヤでもなく、原罪をもって生まれたと主張するのは、非原理的な発言であり、虚偽である。

真のお母様は「真のオリーブの木」なのである。


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